淡路島フィールドワーク

2023.8.27


生きること

松井 来美/同志社大学

●はじめに

 

「あと60年で緑がなくなり生物が暮らせなくなる。」この言葉をきいて、私は頭が真っ白になった。

地球が温暖化していることはよくテレビでも言われている。しかし今まで、私は身近にある深刻な問題を深く考えていなかったことに気付かされた。つい他人ごとにしてしまう、社会にあふれている様々な問題。日本の課題や地球温暖化などの地球規模の課題と自分はどう繋がっているのだろう。本当にあと60年で緑がなくなってしまうのであれば私たちにできることは何だろう。

私たちは8月27日に兵庫県の淡路島を訪れ、フィールドワークを行った。淡路島の農家レストラン 陽・燦燦におじゃまさせてもらい、パソナ農プログラムに参加させてもらった。私は植物や生き物を肌で感じ、「当たり前」について問い直すきっかけをもらった。

 

●私たちにとっての土とは

 

着るもの、食べるもの、住むところ、人間が生きていくうえで必要な衣食住はすべて土が作ってくれていることをこのフィールドワークを通して初めて知った。同時に、土がなければ私たちは生きていくことができないことにも気づかされた。水が大事であることは意識しやすい。しかし、土は直接食卓に並ぶものではなく食材を介して初めて気づくもので、分かりにくい部分があるかもしれないと思った。私たちにとっての土とは、切っても切り離せない存在であり、人生において必要不可欠である人生の豊かさの源ではないかと考えた。自分が生きる上で土を守り、消費するだけではなく生産し増やすことまでが私たちの試練であることを知った。

 

●人間の恐ろしさ

 

金子さんは現地で植物だけではなく、名古屋コーチンも育てていた。鶏を育てている理由は、放し飼いをしたら草や虫を食べてくれたり、鶏の糞が結果的に肥料になったり、卵にも肉にもなるからであった。鶏は通常、普通の大きいサイズに育つまでは二年くらいかかる。しかしファミチキなどで使われている鶏は、一か月半ほどで不自然に大きくして出荷されていることを初めて知った。私たちは過程を省略し、どれだけ便利さと安さを求めて生きてしまっているのかということを痛感した。過程を知らずに安いものに到達してしまうと、もう戻ることができない恐ろしいフェーズに入ってしまっていることに気が付いた。このことから、私はまずもっと周りの人や生き物に今まで以上の感謝をもって生きる必要があると考えた。決して一人で生きることはできず、周りに支えられてこその人生だということを実感した。

 

●想いがつまった淡路人形座

 

パソナ農園ともう一つ、私たちは淡路人形座にも訪問した。ここでは、淡路島の南あわじ市で500年の歴史を持つ淡路人形芝居とバックステージツアーに参加させてもらった。実際にステージや公演を見て、何世代もの人々の想いが受け継がれて今に至っているということを身に染みて感じた。ダヴィンチの名作「最後の晩餐」風に、淡路島自慢の食材を前に淡路人形が集っている魅力的なポスターも飾られていた。これは淡路人形座の方々の、淡路人形への熱い想いがのせられていたように感じた。このような兵庫県への一人一人の想いが重なることで、兵庫県の魅力が日本中へと、そして海外へと広がっていく第一歩になるのではないかと感じた。

 

●最後に

 

一見、今回学んだものは壮大なことであり、自分一人が動いても何も変わらないように思うかもしれない。しかし、一人の人間が周りの二人に影響を与えることを続けていけば、日本中、いや世界中に思いを届けることができるかもしれない。私たちの力は微力であっても無力ではない。私が今まずできることは、食卓に並ぶ食材に心の底から感謝すること。また、便利を追求したことで省略されてしまったプロセスを知ること。そして土の不足に正面から向き合い、食料は自分たち自身で作って食べるなど、生きがいを感じ向上心を持って生きることであると考えた。これからも周りに目を光らせ、常に問題意識をもって生活していきたいと思う。